漫録

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2006年12月28日

平成18年12月28日
ホワイトカラーエグゼンプション、日本では主義者製造装置になりさう。
スポンサーサイト

2006年12月27日

平成18年12月27日

マル激での、極右と言われる一水会顧問の鈴木邦生さんとの議論では、「日本がいい国だから愛する」という「愛国心」に関しては、宮台氏が「愚かです」の一言で一蹴していた。これは全くその通りだと思う。宮台氏が語っていたように、何か理由があって愛するような「愛国心」は、その理由が無くなれば愛さなくなるようなものだから、自分の存在の基礎としての「愛国心」というものにはふさわしくないと言える。

それあ、愛國心なんてものは「山師も人殺しも有つて居る」「それ天狗の類」ださうだから、別段理由など附けなくともいゝかも知れない。でもさ、人間つてのは理由を求めるものだらう。其の理由が、價値判斷や唯物的なものと言つたやうな、「無くなる類の理由」ぢやなければ良いと言ふだけの話だ。──「愛國心」が自己存在の基礎としてあるべきものと謂ふなら、「自分が生まれた國だから」と言ふ「理由」が有つても良いだらう。

2006年12月22日

平成18年12月22日
一冊讀了。──118冊。

2006年12月21日

平成18年12月21日
鑑賞の裏技。

2006年12月20日

平成18年12月20日
時間があるから、と思つて登録した RSS フィードが讀む時間が無くなるにつれて讀切れなくなつたことは以前書いた。訓がある──確實に見るサイトとさうでないサイトは「混ぜるな危險」。……いつに増して面白くないですね。
平成18年12月20日
一冊讀終る。ジョークは好いよ、ジョークは。──119冊。
平成18年12月20日
圖書館
平成18年12月20日
一冊買ひ、別の一冊を讀んだ。──120冊。
平成18年12月20日
モーツァルトの全樂譜が PDF で公開してある。下が英語での檢索窓。

2006年12月19日

平成18年12月19日
日本國憲法に由つてゐる。……御可哀相に。
平成18年12月19日
一冊讀了。──120冊。
平成18年12月19日
一冊讀終つた。──121冊。

2006年12月18日

平成18年12月18日
昨日書き忘れてゐたのだが、ALI PROJECT『COLLECTION SIMPLE PLUS』を買つて來た。久振りにCDを買つた。ヴォーカルの宝野アリカ女史が好角家といふことが手傅つたのは云ふまでもない。
この CD を cda 形式から MP3 形式にし、MP3 プレーヤに入れようと思つたら素直には出來なかつた。備忘。再生は出來る。けれども CD の中のファイルを正常に參照出來なかつたり(0MB と表示される)、HDD に直接コピーできなかつたりで何うにも直接 MP3 形式に變換出來さうにない。一旦 CD-R にコピーすれば改善されるかと思つたがさうはならなかつた。CD へのコピーこそ出來たが、コピーした CD でも變らなかつた。
慥か WMP に CD から曲を取り込む機能が有つた筈と思ひ起動させてみたら、果して有つた。取敢ず wma 形式で取込む。このまゝ使ふ訣ではないのでビットレートは高く設定した。成功。wma 形式から MP3 形式への變換は『Xilisoft Audio Converter』(試用版)と言ふツールで行つた。──手間を喰つたが遣りたいことは遂げられたので、根本的な解決を果してゐないのが氣に喰はないが、當面好しとする。
平成18年12月18日
明かに『ゲゲゲの鬼太郎』が影響してゐる。

2006年12月17日

平成18年12月17日
大森良太『話の話』を讀みました。良書であります。──118冊。
あ、それと高馬三良譯『山海經』等4冊程買ひました。一寸したことですが「せんがいきょう」で變換しても「山海経」と變換出來ないのですね。──122冊。
平成18年12月17日
數日前に2冊讀了。1冊は、慥か前年に買つた本。書名はりぼん・ぷろじぇくと『戦争のつくりかた』と言ふ。中古で350円もした。「How to」な題名なのに書いてゐることは陰謀論。戰爭の作り方なら孫子『兵法』其の他の方が詳しい、のは書くまでもない事だ。
戰爭が出來る國と戰爭を遣る國とは違ふものなんだけどなー。──119冊。

2006年12月15日

平成18年12月15日
學校で古文を習つたときに「訣が分らない」と云ふ感想を抱いた人なら、書き言葉に變化のないことが何れだけ素晴らしいことか解るのでないですか。

2006年12月14日

平成18年12月14日
「讀んで字の如く」つて、日本語にとつて大切なものを表してゐるやうに惟はれる。

2006年12月13日

平成18年12月13日
或る語に價値判斷が行はれてゐるか何うか、吾人は敏感になるべきではないでせうか。價値判斷を持つ語を遣ふ時、人は其の判斷を既に受容れてゐる筈であり、然うでない時に價値判斷を持つ語を遣ふのは誤解の元であります。價値判斷の伴ふ語から、價値判斷を閑却して理解することは誤りです。其の樣な語を意識せずに用ゐるのは、迂闊と謂ふ他ないのではありませんか。
平成18年12月13日
吾人の御先祖樣が苦労して築き上げた、「漢字假名交じり文」と「漢字の訓讀」を見事にぶち壊してゐるリソースを見つけたので「晒し挙げ」。漢字と漢語の混同をやらかしてゐる。分ち書きしてゐる邊り、「表音主義者」連中と大して變らないし。
「漢字日本語化」の專門的な過程は大島正二『漢字伝来』に詳しい。一昨日讀終つた許り。補章は吾の知識不足だらう、肝心の部分が分らなかつた。それと、記憶に有る限り、字音假名遣に就いては觸れられてゐなかつた。
さうさう、『漢字伝来』の「おわりに」で同訓異字に就いて觸れられてゐるので、讀むといゝ。『地球市民』の中の人は特に。(少なくとも)記紀の時代から此方、日本人は漢語と和語の特性を理解し「書く言葉」として漢字を用ゐて來たのである。和語だからと云ふ「出自」のみによつて表記を決定することは訓讀を成し遂げた祖に對する冒瀆に等しいのではないだらうか。

2006年12月12日

平成18年12月12日
言葉を定義する時、斷言するものぢやないのか。

2006年12月11日

平成18年12月11日
傳統と謂ふ言葉は、「受繼ぐべきもの」と云ふ價値判斷が既に行はれてゐる語なのだと思ひます。
平成18年12月11日
因習と因習は元來違ふ言葉であるらしいのだが、何故か混同されてゐる。辭書の類では、違ふ言葉なのだから別の項目を立てて扱ふべきと思ふがさうはなつてゐない。「本來別字」の註釋に何の意味があるのだらう。吾は莫迦だから「本來別字」と云はれただけでは具體的に何う違ふのか判斷出來ない。

2006年12月09日

平成18年12月09日
今日、三冊買つた。案内が來てゐたので探しに行つた目的の本は賣られてゐなかつた。──120冊。
平成18年12月09日
一冊讀了。──117冊。

2006年12月07日

平成18年12月07日
「『適當』よりも杜撰の方が、適當な言葉遣ひだと思ひます。」

別記

りそーすの情報
広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。